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礼拝説教「ロバに乗った王」ルカ19章29〜38節
 

序.

これまでルカの福音書を通してイエス・キリストの生涯を見てまいりましたが、途中を少し飛ばしまして、今月は十字架までの最期の一週間の足取りをたどってまいります。先ほど読んでいただいた、ルカ19章29節からの部分は、棕櫚の日曜日と呼ばれている日の出来事です。それは受難週と呼ばれる一週間の始まりです。この箇所から、三つのことをお話しさせていただきます。週報の内側に簡単なアウトラインがありますので、ご参考にしてください。第一に「預言された平和の王」。イエス様こそ、平和の王であり、預言されてきたお方だ、ということです。第二に「拒絶された王」。そして第三に「十字架に掛けられた王」という順序でメッセージを取り次がせていただきます。

1.預言された平和の王

イエス様はこれまで、素晴らしい働きをしてこられました。天国に関する真理をわかりやすく語られた教えに、多くの人が引きつけられました。また、誰も直すことの出来なかった病人を癒す、といった奇跡により、イエス様を一目見たい大勢の群衆が付いてきました。そして、いよいよ、イスラエルの都であったエルサレムにやってきました。当時の主要都市は城壁に囲まれていましたので、エルサレム入城、と言う言い方をします。エルサレムに入城されるイエス様を、たくさんの弟子たちとそれを取り巻く多くの群衆が、熱狂的に迎えたのが、先ほど読んでいただいた箇所です。ところが、その人気絶頂のイエス様が、数日後には民衆によって十字架につけられることになるのです。一体、何故なのか。その謎を解き明かすのが、イエス様がロバの子に乗ってエルサレムに入城されたということなのです。何故、ロバに乗られたのでしょうか。

実は、旧約聖書の中に、救い主はロバの子に乗ってエルサレムに来られる、と預言されているのです。(開かなくて結構です。アウトラインの一番下に載せておきました。)ゼカリヤ書9章9〜10節というところです。そこに書いておりますのは、「シオン」というのはエルサレムの別名です。「シオンの娘」というのはエルサレムの住民たちを意味します。救い主が王として来られる。その王はロバの子に乗ってくるんだ、と書かれています。何故、ロバか、と言いますと、軍馬がいなくなるから、すなわち軍馬に象徴される戦いが無くなる。この王様は平和の王だから、軍馬ではなくロバに乗られる、ということなのです。

旧約聖書の中には、様々な形で、やがて来られる救い主について予告されています。そして、それらの預言がイエス様において全て成就していったことが、新約聖書を読みますと分かります。その中には、イエス様が自ら預言通りに行動した場合も、それから自らではないけれど、その通りになった場合があります。たとえば、ベツレヘムの町で生まれる、というのは、誰も自分の生まれる場所は自分で決められませんから、預言の通りになってしまったケースです。今日の、ロバの子は、イエス様自ら、預言の通りにしたケースです。それは、その預言の意味を示すためでした。それが「平和の王」です。イエス様は、ご自分が「平和の王」である、救い主なのだ、ということを行動を持って示された。それを見ていた人々がどこまで理解できていたかは不明です。弟子たちも、後で気が付いたのではないかと思われます。

この「平和の王」であったことこそが、イエス様が十字架で殺される理由なのです。そのことを二番目にお話しいたします。

2.拒絶された王

入城されるイエス様を、弟子たちや、イエス様のファンたちが、大歓迎をしました。そのとき、神様を賛美した言葉が38節です。

こう言った。「祝福あれ。主の御名によって来られる王に。天には平和。栄光は、いと高き所に。」

これは、旧約聖書のあちこちから引っ張ってきた言葉です。人々はイエス様を王として迎えました。ところが、それを快く思わない人たちもいた、その一部が次の39節に出てくるパリサイ人、正確にはユダヤ教のパリサイ派に属する人々です。他にも、サドカイ派の人たちも、神殿にいる祭司たちも、それから聖書を教える律法学者たちも、ユダヤ教の指導者たちがイエスに反対した。その理由は、妬みからでした。イエス様のほうが人気が出てきたからです。彼らはイエスを救い主とは認めなかった、認めたくなかったのです。

それに対し、民衆の多くは、最初はイエス様を歓迎しました。それは、彼らが王を待ち望んでいたからです。当時、イスラエルはローマ帝国に支配されていました。王がいるにはいましたが、傀儡政権です。そこで、人々が求めたのは、ローマからの独立戦争を率いてくれる王様だったのです。ところが、熱狂的に迎えたイエスが、いつになっても戦争を始める様子がないことに気が付き、人々はイエス様を拒んだのです。そこでイエスを抹殺しようとしていた祭司たちに扇動されて、イエスを十字架につけろ、と叫ぶようになったのでした。

誰もが自分の期待を持っています。指導者たちは、自分たちがいつも上に立ちたい、だからイエス様を拒んだのです。人々は、軍事的指導者を求め、イエス様が奇跡を起こしてローマ軍を倒し、ローマに代わってイスラエルが大きな国となることを夢見ていた。そうなったら、自分たちの生活も良くなるからです。その期待どおりにならなかったために救い主を拒んだのです。人間は誰もが、自分の願いを持っています。もし、その願いが、自分勝手な、自己中心な願いであるなら、どうなるでしょうか。もし、私たちが自分の願い、自分の思い通りにしようとするなら、他の人とぶつかります。この自己中心と欲望こそ、人間の争いのもとです。平和を壊すものです。

また、そのような欲望や自己中心から出てくる願いは、決して正しいものではありません。ところが神様は人間に正しい心を求めておられる。ですから、自己中心な心は、正しい真の神様を拒むようになるのです。私たちも、自己中心、それを聖書は罪だと教えていますが、そのような自己中心が心の奥底にあるとき、神様の言葉を受け入れたくなくなるのです。イエス様を十字架につけたのは、一部の人ではなく、全ての人間の、自己中心な心が原因なのです。

3.十字架に掛けられた王

十字架に掛けられたイエス様の頭上には、罪状書きを書いた板が掲げられましたが、そこには「ユダヤ人の王」と書かれていました。イエス様は王として死なれたのです。なぜ、救い主であり王であるお方が十字架で死ななければならなかったのでしょうか。イエス様は逃げようと思えば逃げることもできたのに、自ら進んで捉えられて十字架につけられた。それは、十字架こそが平和の王の道だったからです。

聖書が教えている王とは、人の上に立って威張っているのが本当の王ではありません。敵が攻めてきたとき、先頭に立って戦い、民を救うのが王のつとめです。時には自らの命をかけて、人々を救うのが真の王です。だからイエス様は十字架で死ぬことを恐れず、自ら立ち向かっていかれたのでした。でも、どうして十字架が平和の王の道なのでしょうか。

平和、すなわち戦いを止めさせるためにはどうしたらよいか。武力行使によって戦争をやめさせる、それは矛盾ですし、良い方法ではありません。倫理道徳、正しい教えによって争いをやめさせる。それは多くの人が理想とするところですが、実際には人間は良いことが分かっていても、それが出来ないものです。争いの原因は、人間の心です。心の中にある、欲望や憎しみといった、どろどろしたものがある限り、人と人との争いは決して止みません。自分の方が正しいと言い合って争うのが人間です。イエス様はそのような人間の心を良くご存じでした。その、心の中にある欲望、憎しみ、自己中心、すなわち聖書が告げる罪が解決しなければ平和は訪れないのです。そして、人間同士だけではない、神様との間の平和も無いのです。罪があるときに、人間は神様を拒み、敵対するからです。この罪により、神との関係が悪くなり、それが不信仰です、そして他の人との人間関係もおかしくなる。平和の反対の姿です。

イエス様が十字架に掛かられたのは、神様に逆らって自分勝手に生きていた私たちが、本当だったら神様から受けるべき罰を、身代わりとなって受けてくださるためでした。そして、罪が赦されたことを知ったとき、初めて私たちは自己中心の罪から離れることができ、人と争わなくても良い生き方が始まるのです。それが平和をもたらす唯一の道なのです。イエス様が十字架に掛かられたのは、私たちの心に平和を与えるためなのです。

このイエス様を、私の王、私の救い主として心にお迎えするなら、自分中心ではなく、イエス様に従う生き方に変えられます。また、イエス様の十字架により、神様が私たちの罪を赦してくださり、神様との関係が平和の関係になり、やがて人との関係も変えられていくのです。それが本当の平和の始まりです。イエス様を、私の王、私の主として信じ、心の中に王としてお迎えする。それがクリスチャンの生き方、平和の生き方なのです。

まとめ

今日はこの後、聖餐式を行います。それは信仰によって行う式ですので、洗礼を受けた方に限らせていただいておりますが、本当は全ての人が受けていただきたい。是非、洗礼を受けてクリスチャンとなることを願っております。この聖餐式は、イエス様が私の身代わりとして罪の罰を受けてくださったこと、すなわち十字架を記念する式です。そして、心の中にイエス様を王としてお迎えする、その思いを込めて聖餐のパンと杯を受けていただきたいと思います。

 

(c)千代崎備道

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